東京大学大学院工学系研究科のi-Constructionシステム学寄付講座は、ITやAI、ロボットなどの最先端技術と建設生産システムを融合し、誰もが働きやすい現場を実現するためのシステム開発や人材育成を進めている。最終フェーズとなる第Ⅲ期の活動を開始し、目標とする〝生産性10倍〟の鍵を握る現場データを活用したアプリケーション開発につなげるため、「協調領域」となる共通プラットフォームの構築を進めている。同講座を主宰する堀田昌英教授に活動のポイントを聞いた。
これまでの活動の総仕上げとなる第Ⅲ期(4年)の活動が24年10月に始まり、「新技術活用を促進するための制度インフラの再構築」「i-Constructionを実践するプロフェッショナルの育成」「i-Constructionシステム学の構築」の三つを柱にイノベーションの社会実装に向けた取り組みを進めています。今年度は、施工データを一元管理し、発注者、設計者、施工者などの関係者が、真正性を担保したデータで情報共有する共通基盤『R-CDE』など協調領域の検討を加速させています。
制度インフラの再構築では、東大が事務局を務める「協調領域検討会」の活動が活性化し、「設計」「施工」「維持管理」「プロセス間連携」の四つのワーキンググループ(WG)が各分野の具体的な検討を進めています。今年3月には4回目の協調領域シンポジウムを開き活動成果を報告しました。
設計WG(事務局=建設コンサルタンツ協会)は、分野ごとに異なる構造物を一律に検討するのは難しいため、河川、道路、橋梁下部、砂防の四つのサブWGを設けて検討しています。施工WG(日本建設業連合会)は、今年度は「出来形管理」をテーマにR-CDEを試行します。
維持管理WG(国土交通省)では、国交省がi-Constructionを推進する中で構築した流域データプラットフォームや全国道路施設点検データベース(xROAD)などのCDE(共通データ環境)を活用し、API連携によるアプリ開発を進めています。中国地方整備局岡山国道事務所では3次元モデルを活用した維持管理を試行しています。
R-CDEは、発注者、設計者、施工者が必要な時に必要な情報を出し入れする〝データのプール〟のようなイメージです。ICT土工にブロックチェーンの技術を導入し、改ざんできないよう真正性を担保したデータを受発注者が利用するもので、直轄工事では24年度から北陸整備局利賀ダム工事事務所、中部整備局岐阜国道事務所、中国整備局岡山国道事務所の現場で試行が進められています。25年度は出来形検査の実証試験を実施します。今後もアプリを拡張し、品質、コスト、工程管理などさまざまな業務で活用できるようにしたいと考えています。
R-CDEを推進する上で重要なことは、構造物の在り方や属性などを定義する「共通データモデル」(データの規約)の定式化です。例えば道路の「幅員」と「幅」は、言葉は違えど同じ意味ですが、コンピューターに理解させるには名称を統一しないとうまく運用できません。こうした命名規則やデータが保持しなければならない属性情報などを統一し、ユーザーは数値を入力するだけで済むような使いやすいシステムを開発することが重要だと思います。
例えばBIMは標準データフォーマット「IFC」を介して各ソフトがデータ連携できます。同様に、R-CDEの運用もCDEの共通データモデルに基づき、複数のCDE間でデータ交換できるようにすることで3次元の設計、施工データ、点群データ、測量、地質などさまざまなデータを利用できるようにします。これらのデータをプロセス横断的に活用し、AIなどで各業務の自動化を実現すれば、生産性は飛躍的に向上するでしょう。既存のCDEは分野ごとに構築しているため、データの作り方が違うのは承知していますが、オープンイノベーションのもとで連携できる環境にすることで、参加するプラットフォームを増やしたいと思います。
例えば東京都の「デジタルツイン実現プロジェクト」では、3次元都市モデルに河川のリアルタイム情報や防災システムなどさまざまなデータを統合しており、都民や企業などがビューワを閲覧し、まちづくりや防災シミュレーションなどに活用できるようにしています。このようにCDE連携が進むことが期待されます。
i-Construction2・0の「オートメーション化」をキーワードに、建設機械の「協調型自動運転」などさまざまな技術が日進月歩で進化しています。東北地方整備局が進める成瀬ダムの建設工事はそうした象徴的な現場の一つでしょう。
直轄工事は土工が先行して自動化を進める一方で、民間主体の建築工事は躯体工事で、例えば鉄筋の組み立てを人とロボットが分担して進める「人協調型ロボティクス」が増えてきました。躯体工事は作業区分を細かく分けて、たくさんの技能者が作業しますが、人手が足りないところをロボットが代替できる工種が増えています。
生成AIが建設現場で使われる機会も増えましたが、近年はSLAM(自己位置推定)を利用した「フィジカルAI」が注目されています。AIが空間認識し、目的を達成するための作業や手順などを自律的に学習・実行する技術です。このAIを搭載したロボットがサッカーをすると、ドリブルで相手を抜くフェイントを自ら考え出して実行するケースもあるそうです。
こうした技術を活用することで、例えばCDEに置かれた、デジタルツインの統合されたデータを使ってAIがさまざまなシミュレーションを行い、施工計画を自発的に考え、建機などを動かす時代がくるかもしれません。維持管理でもインフラの経年劣化や人口動態などを分析し、橋梁では築年数や交通量を予測し、疲労荷重などをシミュレーションすることで耐用年数や修繕費を考慮した維持管理を提案する可能性もあります。
過疎化が進む地方は建設業も減少し、インフラ整備や維持管理を担う地域の守り手を確保することが極めて重要な課題です。ある地域建設企業は、施工者が不足する地域の工事を遠隔操作で肩代わりする時代を見据え、建機を遠隔操作する人材を養成しているそうです。
建機をテレビゲームの感覚で遠隔操縦できる時代になり、実機をつないで技術を競う大会が開催されるようになりました。プロの建設業チームを撃破してゲーマーチームが好成績を残すケースもあるようです。また、まちづくりゲームの『マインクラフト』は子どもたちを中心に人気を博し、建物やまちづくりの計画を楽しみながら気軽に覚えることができるため、建設業を身近にしています。
デジタルやロボット技術の進歩により、これまで行政や建設のプロだけが担っていた工事やまちづくりの仕事に、専門技術を持たない一般の人が参加しやすくなったといえるでしょう。若者や女性、高齢者などさまざまなライフステージ、立場の人が参加できる魅力ある産業に生まれ変わる好機だと思います。
考えてみれば、近代以前の日本では、道路普請や堤防整備などの土木事業は地域の人たちが担っていました。技術が進歩したことで専門の技術者や技能者が登場し、インフラ整備を担うようになりましたが、担い手が急速に減る中で、ゲームなどを通じて建設業の敷居が下がればさまざまな形で仕事に関与できるようになり、昔のように市民が自らの力でインフラ整備に参画できる範囲が広がるでしょう。
実際、大規模なまちづくりを進めるときは、行政や開発事業者だけでなく、そこに住み、働く人の意見や計画への参画が重要な時代になっています。インフラ整備は合意形成も非常に重要な要素です。デジタルツインを活用してさまざまな意見をシミュレーションすることで計画の考え方が伝わりやすくなり、合意形成の質を高めることができます。
こうした建設業の未来を実現する上で、デジタルやロボット技術が重要であり、それらが一堂に会するCSPI-EXPOに強く期待しています。製品を見た上で、その場で出展社の技術者らと情報交換できるなど大変有意義な時間になると思います。
今回から一般観覧日を設けると聞いています。建設業の将来を担う技術の展示を見ることで、子どもたちに興味を持ってもらう貴重な機会になると思います。4月に寄付講座のメンバーが視察した建設業向けの国際展示会「bauma2025」もファミリーデーを設けて人気を博していました。CSPI-EXPOが最先端の実機やデモンストレーションを見てもらう、またとない機会になることを期待しています。